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「現実耐性が高い」という強み

自分の何気ない一言が、自分が思う以上の影響力を持つことがあります。

影響力なんてないに等しい私の言葉がなぜそんなに刺さるのか、しばらく分かりませんでした。

私は物事を「事実かどうか」で考えます。

でも多くの人は「安心できるかどうか」という感情で動いているのかもしれないと気づきました。

みんな、びっくりするくらいいろんなことをごまかしながら生きている…?

誰もが自分をごまかしながら生きている

見たくない、不快なことはことは見ない。“ないこと”にする。

多くの人は、自分をごまかしながら生きています。

これは生存戦略のひとつで、現実をすべて真正面から受け止めてしまうと精神が持たないから、脳が自動的に見ないようにする。

防衛本能の一種で、自己防衛的な「認知のゆがみ

誰もがやっていて、誰もが必要としている仕組みです。

能力の限界を知ることは、脳にとって危険信号

「自分って思ってたほどできないのかも」と気づくことは、脳にとってアイデンティティ崩壊に近い痛みを伴います。

だから多くの人は、直視することを無意識に避けます。

「痛みのない形で現実を受け取りたい」

たぶんそう思っているんだと思います。

だから「現実を“自分の都合のいいように”解釈する機能」が働く。

私の発言が刺さる理由

事実を元にした私の何気ない発言が相手に刺さるのは、それが「あなたの世界の真実はそうではないかもしれないよ?」という指摘になってしまうからだと思います。

発言の瞬間に防衛本能が働いて、想定外に傷つく。

私にとっては事実ベースで話をしているだけでも、それが相手にとっては鋭い刃物のように刺さってしまうことがあります。

「現実耐性の高さ」という強み

私はたぶん現実耐性が高いタイプで、現実をそのまま見ても崩れにくい。

物事をわりと冷静に理解します。

境界知能(知能が平均よりも低い)という自分にとって「不都合な事実」が判明したときも、普通に受け入れました。

「現実耐性の高さ」という強みが、私には備わっています。

事実と感情のバランスが大事

感情を優先したり、事実を捻じ曲げて解釈したり、現実を見ない人がいる。

これはすべて自分を守るための行動。

人と接するなかで、「え、みんな弱すぎない?」とずっと思っていました。

でも今は、それぞれが「生き延びるための工夫」をしているんだなって思っています。

私の現実耐性の高さは「武器」にもなるし、「孤独の原因」にもなる。

感情を置いてけぼりにして事実だけで会話をすると、場合によっては刃物を振り回しているのと同じことになります。

事実と感情のバランスがすごく大事。

ごまかそうと思えばいくらでもごまかせるけど、どんなにつらくても現実を真正面から見て受け止められるのは、ある意味「才能」だと思っています。

見えすぎてしまう、感じすぎてしまうのは、生きづらさの要因のひとつでもあるけど、同時に私の強みでもあります。

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