私は学校が嫌いでした。
勉強についていけない。友達の作り方がわからない。声が出せない。体が動かない。
みんなが普通にやっていることが、私にはことごとくできなかった。
それが今なら分かる。境界知能だったから。
でも当時は理由も分からないまま、ただしんどかった。
境界知能の私にとって教室は拷問部屋だった
せまい教室に押し込められて、じっと座って、よくわからない授業を聞き続ける。
「ちゃんとしなきゃ」という見えない圧力。
境界知能の私にとってそれは、本当に拷問のようなものでした。
なにがわからないかもわからない。聞きたくても聞けない。コミュニケーションの取り方が分からないから、固まるしかない。
いつもフリーズ状態でした。
あたりまえができない苦しさ
みんなが普通にできることが、私にはできない。
でも「できてあたりまえのこと」だから、誰も教えてくれない。
友達の作り方。人との関わり方。勉強の仕方。
全部わからなかった。
小さな私は、毎日ひとりで途方に暮れていました。
給食だけが楽しみだった
そんな学校でも、給食だけは大好きでした。
授業中は思考停止でも、給食の時間だけはもりもり食べていた。
今思えば、それが唯一の楽しみだったんだと思います。
声が出せなかった理由
今振り返ると、私には場面緘黙と緘動があったんじゃないかと思っています。
場面緘黙とは、家では普通に話せるのに、学校など特定の場所では不安で声が出なくなること。
緘動とは、それに加えて体を思うように動かせなくなること。
声を出そうとすると、のどがつまる感じがして声を出せない。何をすればいいか分からなくて、体がぎこちなくなる。
そんな状態で、コミュニケーションなんてとれるわけがないですよね。
人間関係を築く前の段階で、私はずっとつまずいていました。
嫌いな場所に毎日行ってた、めっちゃエライ
友達もいない。授業もわからない。いつも不安と緊張しかない。
そんな場所に、それでも毎日通い続けていた。
今の私は、当時の自分を心の底から褒めちぎっています。
給食を食べるためだけでも、行き続けた。それだけで充分すごい。
実は学ぶことは嫌いじゃなかった
勉強が苦手、でも学ぶことは嫌いじゃなかった。
今は毎日、自分のペースで学んでいます。YouTubeで、寝転がりながら。疲れたら止めて、わからなかったら巻き戻して。
そんなスタイルで勉強して、FP3級と簿記3級に合格しました。
私が嫌いだったのは勉強ではなく、学校という場所でした。
境界知能と学校
学校は嫌いだけど、必要ないとは思っていません。
でも境界知能当事者にとって、学校は過酷な場所です。
周りに合わせようとすればするほど、消耗していく。
大事なのは「周りに合わせること」より「自分のペースを守ること」だと、今は分かっています。
当時の私には、それを知る方法がなかった。
早く知れた方がいい
今思うのは、境界知能であることはなるべく早く知れた方がいいということです。
早く知れば、それだけ早く対策がとれる。
自分の特性に合った勉強法を探せる。無理な場所から離れる判断ができる。自分を責めなくて済む。
私が知ったのは37歳でした。
もっと早く知っていたら、あの拷問のような時間も、少しは違ったかもしれない。
じぶんを知ることが、生きやすさへの第一歩です。
紹介文案
📚 あわせて読みたい本
「教師、支援者、親のための 境界知能の人の特性と支援がわかる本」梅永雄二 著
境界知能とはどういうものか、どう関わればいいかが分かりやすくまとめられた一冊です。
当事者本人はもちろん、周りの人にも読んでほしい本です。


コメント
突然ごめんなさい。さばかんです。
思わずコメントしてしまいます笑
同じことを思っていたなぁと思いました。
思いすぎました。
「おまおれ」と10000回くらい思いました笑
拷問に耐え、生き抜いたみさきさんは素晴らしい^^
(弱みを自己開示しているその強さも!)
これからはもっともっと成長して幸せになるターンだと思います!
「痛みに耐え、対処してきた世代は
誰よりも戦う準備ができている。」
GAFA next stage スコット・ギャロウェイ