「勘違いできる人は幸せだな」って思います。
自分の能力を少し過大評価できる人は、
行動できる→行動すると成功しやすい→成功すると自信がつく
この「勝ちループ」が自然に回る。
現実を真正面から受け止めてしまう私にはできないことなので、少しうらやましく思っています。
「ちょっと過大評価できる脳」のほうが幸福度が高い
心理学の研究では、「自分の能力をやや過大評価している人ほど幸福度が高い」という結果が出ているそうです。
自信があると行動できる→行動すると成功しやすい→成功するとさらに自信がつく
この循環が自然に回るからです。
逆に、現実を正確に見すぎる人は自己評価がシビアになって、しんどくなりやすい。
「勘違い」は脳の防衛機能でもある
現実はけっこう残酷であることが多いので、現実をそのまま受け止めると人はわりと簡単に折れてしまいます。
だから脳は「自分はまだ大丈夫」「なんとかなる」という幻想をかけることで、精神の安定を保つようにできています。
これは脳の”仕様”みたいなもの。
多くの人は無意識にこの機能を使って生きています。
現実を直視しないだけで、まあまあ楽に生きられる。
「勘違いできない人」は、正直すぎるだけ
現実をありのまま見てしまう人は、自分の得意と苦手、向いていることと向いていないこと、社会の構造、努力では変えられない壁——
これらを全部そのまま認識してしまいます。
多くの人は、現実を都合よく歪めて見ているから楽に生きられます。
でも現実をありのまま見てしまう人は、それがうまくできない。
生きづらさを感じやすいのは、認知が正直すぎるから(=勘違いができないから)なんだと思っています。
勘違いしない人の強さ
現実を見ていて、自分の限界が分かっていて、社会の構造も理解している。
そういう人は、「勘違いで自信を盛る必要がない形の強さ」を持っています。ある意味、努力論が効かない「レアキャラ」。
勘違いできる人は人生わりとイージーモード。
でも、現実を正確に見ながらそれでも前に進む人には、勘違いできる人とは別の種類の強さがあります。
健全な自信の芽
能力低くて自分をディスりがちだけど、境界知能でもなんとか働いて今ここまでなんやかんやなんとかやれている。
これは紛れもない私の「実績」。
「私にも自分なりの才能があるかもしれない」
「もしかしたら、もっと自信を持っていいのかもしれない」
最近は少しずつそう思えるようになってきました。
境界知能という特性をしっかり理解した上で、事実(実績)に基づいた健全な自己評価の芽生えです。
これは勘違いではなく、正確な現実認知の上に育つ「自信」。
現実直視で勘違いができない私でも、小さな実績を積み重ねることで、ほんの少しだけど自分にとって確実な「自信」を持つことができています。
これは私にとってすごく幸せなことです。

コメント