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友だちを減らした理由

現在、私は友だちが一人もいません。

友だちを「失った」のではなく、自分で「そうした」んです。

対等でいられなかった

なぜ友だちを減らしたのか。

理由を一言で言うと、「対等でいられなかったから」です。

人と関わるとき、私には2つのパターンしかありませんでした。

自分を下に置いて相手に合わせ続けるか、相手を心の中で見下して優位に立とうとするか。

どちらも、対等ではありません。

「自分を下にする」と自分自身が苦しくなるし、「人を見下す」のは相手に失礼。

どちらにしても関わり続けることが不誠実だと感じていました。

距離を置くのは冷たいこと?

「友だちを減らす」というと、冷たい人に見えるかもしれません。

でも私には、関係を続けることのほうが不誠実だと思いました。

自分が苦しくなるとわかっている関係を無理に続けたところで、幸せになれないですよね。

距離を置いたのは、相手が嫌いだからでも、人付き合いが怖いからでもありません。

「幸せにならないから」という、シンプルな理由です。

友だちがいないのは空白ではなく余白

今の友だちがいない状態を、「空白」ではなく「余白」と呼ぶことにしています。

切られたのでも、失ったのでも、逃げたのでもなく、自分の意思で選びました。

この余白は、自分のペースを取り戻すこと、自分の温度感を確かめること、「次に人とどう関わりたいか」を焦らず考えることのためにあります。

自分が誠実じゃないことを認める

人と関わるのに「上か下か」でしか考えられない私は、誠実ではありませんでした。

「自分、実は誠実じゃない」

こういうことを認めるのってけっこうしんどいことだけど、でも認めてしまったら不思議と楽になりました。

「相手が悪かった」でも「自分がダメだった」でもなく、ただ「自分は誠実ではない」という、「そういう状態だった」というだけの話。

そこから「だから距離を置いた」という選択が、自分の言葉で説明できるようになりました。

自分が選んで手に入れた「余白」でできること

自分の意思で友だちを減らして、私は「余白」を手に入れました。

この「余白」を特別なことに使わなければ、とは思っていません。

  • これをやっていると落ち着くなぁ
  • これは今の自分には重いなぁ
  • これは心がちょっと喜ぶぞ

みたいな、そういう感覚を確かめていくだけで十分だと思っています。

今の「友だちがいない状態」は、罰でも欠如でもありません。

私が自分の意思で選び取った「誠実な選択」の結果です。

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