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「大人」ってなんだろう? 境界知能の私が思う「大人像」

「“大人”ってなんだろう?」って、ずっと思っていました。

ぜんぜん大人じゃない大人

子どものころ、周りの大人たちを見て「この人、ぜんぜん大人じゃないな…」と感じることがよくありました。

親も先生も上司も、大人というのは基本、自分のことは棚に上げて人にはいろいろ言うものだったからです。

言わなきゃいけない立場だということも、まったく理解できないわけではありません。

でも、自分はちゃんとしていないのに人には言う、というのが納得できない。

そういう思いがずっとどこかにありました。

幼稚な大人

もちろんちゃんとした人もいます。

でも私の周りには「幼稚な大人」のほうが多いように感じていました。

実際、これまで働いてきた職場にも

  • 感情のコントロールができない
  • 人の粗探しばかりする
  • 仕事をせずに愚痴と不満を延々こぼす

そんな大人がたくさんいました。

そして私も、その例外ではありません。

私は誰がどう見ても大人ですが、残念ながら中身がともなっていないことがある。

知能とは関係なく、こういう大人は実はたくさんいるんだろうなって思っています。

境界知能の私が思う「大人像」

私がずっと抱いていた「大人像」は、こうでした。

  • なんでもわかっている人
  • なんでも知っている人
  • なんでもできる人

大人は無敵のスーパーヒューマンだと、本気で思っていました。

でも、大人になった今の私が思う「大人像」はまったく違います。

  • 感情で判断しない
  • わからないことを「わからない」と言える
  • 状況を理解して、臨機応変に対応できる
  • 他人と自分をちゃんと切り分けられる

これが、今の私にとっての「大人像」。

そしてこれは、自然に身につくものではないと思っています。

大人はスルーする生き物

子どものころ、大人は「全部わかっている存在」だと思っていました。

でも大人になった今ならわかります。

ほとんどの大人は、わからないことがあってもスルーします。

ことあるごとにいちいち深く考えたりはしません。

考えたり物事に向き合うというのは、それなりに体力が必要です。

仕事だとスルーというわけにはいかないこともありますが、日常の出来事ひとつひとつに全力で向き合うのは、実はとても難しい。

大人はみんな、疲れてます。

だから適度にいろんなことをスルーしながら生きている。

大人になった今はわかるので、私も今はいろんなことをスルーしながら生きています。

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