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自分も「持ってる側」だと気づいた話

私はずっと、自分を「持ってない側」の人間だと思って生きてきました。

できないことが多くて人に迷惑をかけてしまうし、社会の基準に届かないことも多い。

だから当然自分は「持ってない側」だと思っていました。

でも最近、「実は私も“持ってる側”に入るんじゃないか」と思うようになりました。

「持ってる」とは何か

「持ってる人」は、何を持っているのか。

わかりやすいのはお金や地位ですが、実際にはもっと広い意味での「価値あるもの」も含まれます。

たとえば、感受性、観察力、倫理観、内省力——

目には見えにくいけれど、確かにその人を支えているもの。

それが「持ってる」ということだと思っています。

自分も「持ってる側」だと気づいた

感受性、観察力、倫理観、内省力。

これらは目には見えず、気づかれにくい。

私はずっと

  • 迷惑をかけやすい側
  • できない側

として自分を見ていました。

でも実際には、見えにくいものを「持っていた」のだと気づきました。

実際に助けられている場面

倫理観

たとえば倫理観。 

これがあるおかげで、道を踏み外さずに済んでいる部分は大きいと思います。 

つらい時期や、判断に迷う場面もありましたが 「これはやってはいけない」というブレーキが自然と働いていました。

内省力

内省力も同じです。 

うまくいかないことがあった時、感情のまま流されるのではなく 「なぜうまくいかなかったのか」を自分なりに振り返り、少しずつ試行錯誤を重ねてきました。 

その積み重ねが、以前より生きやすい今につながっています。

こうした力は、才能やセンスのように目立つものではありません。 

だからこそ、自分自身でも長い間気づけずにいました。

まとめ

「持ってる」「持ってない」は、目に見えるものだけで判断しがちです。 

でも実際には、感受性や観察力、倫理観、内省力のように 見えにくい形で自分を支えているものがあります。

私はずっと自分を「持ってない側」だと思っていましたが 、それは見えるものだけで自分を測っていたからでした。

見えにくいものにも、ちゃんと価値がある。

そう思えるようになったことで、また少し生きやすくなったと感じています。

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