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負の連鎖を断ち切りたい——「自分がされた “嫌なこと” は次の人に渡さない」

今まで勤めてきた職場で、嫌味を言われながら指導されたことがあります。

そのとき私は思いました。

「自分が指導する立場になったら、絶対に同じことをしない」

負の連鎖を断ち切りたい理由は「誰も幸せにならないから」

自分がいじめられたから、自分より弱い人を見つけていじめる。

自分が苦労してきたから、後から来た人も苦労するべきだ。

こういう発想が当たり前の人が多いと感じています。

でも私には、この発想がまったく理解できません。

苦しい思いなんてしないにこしたことない、と思っています。

「誰も幸せにならないなら断ち切りたい」、ただそれだけ。

多くの人は、自分が傷ついた痛みを“次の誰か”に流してしまいます。

たぶん、それが一番楽だから。

でも私はそういう選択はしたくない。

傷ついた経験を、“攻撃”ではなく“配慮”に変えたい

嫌なことをされたとき、「自分が上の立場になったら絶対に同じことをしない」と思えること。

これは、自分の痛みを教材として使える発想です。

傷ついた経験を“攻撃”に使うのか、“配慮”に変えるのか。

後者は努力で身につけるのが難しい能力で、数少ない私の貴重な才能だと思っています。

人から優しくされる理由

私に対して攻撃的になる人がいる反面、優しくし接してくれる人もたくさんいます。

ネガティブな記憶は強烈だから記憶に残りやすいけど、冷静に振り返ってみると、優しく接してくれる人のほうが多いと今は感じています。

人は無意識にその場や相手の空気を感じ取ります。

「この人は、自分が弱い立場になっても踏みつけてこない人か」みたいな判断を、言葉ではなく空気で読み取っている。

私のなかには、媚びや計算は一切なく「誰にも苦しい思いをさせたくない」という思いがあります。

この思いはたぶん私のなかの“優しさ”なんだと思います。

こういう“小さな優しさ”が積み重なって、自然と「この人には丁寧に接したい」という空気が生まれて、結果的に人から優しく接してもらえるんじゃないかなって思っています。

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