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境界知能は「国が見放した」存在?

1970年代半ば頃までは、今で言う「境界知能」は知的障害者として定義されていました。

でもそれ以降、境界知能は知的障害の定義から外れました。

言い方を変えると「国が見放した」とも取れる。なかなかパンチのある話です。

境界知能が支援から外れた経緯

1970年代後半以降、知的障害の診断基準がIQ70未満と明確化されて、IQ70〜84の人たちは支援の枠から外れることになりました。

「軽度だからなんとかなるでしょ」「働けるなら支援いらないよね」という前提で、支援はより重い障害を持つ人に絞られていきました。

その結果、境界知能の人たちは学校でも職場でも困りながら、「困ってるのに困ってるって言えない」という状況に置かれることになりました。

📚 この経緯に関するエビデンス・参考資料

1973年、AAMR(アメリカ精神遅滞学会)のGrossmanによる定義改訂で、知的障害の上限IQ基準がIQ85からIQ70以下に引き下げられ、「境界遅滞」カテゴリが廃止されました。これにより対象者は人口の約16%から約2.25%へと激減し、IQ70〜84の人たちは支援の枠から外れることになりました。この国際基準の変更が日本の制度にも影響を与えています。

企業への「足かせ」は福祉の代わり?

どんなに仕事ができなくても、会社は人を採用するとなかなか解雇できないようになっています。

これ、国が境界知能の人を支援の枠から外した代わりに、企業に足かせをつけたのかも?と、ふと思いました。

解雇規制が厳しい日本型雇用、障害者雇用枠の義務化、終身雇用の慣行。

「一度雇ったら面倒見てね」という国のスタンス、とも取れます。

福祉で拾えない人を、企業の中で吸収しようとした仕組みなのかもしれません。

現実には機能していない…

企業は効率や利益を優先せざるを得ないので、なかなかそううまくはいきません。

「ちょっとだけ不器用な人」「支援があれば働ける人」は、見えない壁にぶつかって排除されてしまうことも多い。

学校でついていけなくても声をあげることができない、支援されない。

社会に出ても「自己責任」と言われる。

助けを求めても「障害者じゃないから」と言われる。

制度からも企業からも「グレー」として放置されてきた構造があります。

当事者として感じてきたこと

私は境界知能当事者です。

「なんでできないんだろう」ってずっと自分を責めてきました。

でも制度の歴史を知ると、できなかったのは自分だけの問題じゃなくて、そもそも支援の枠から外されてきた構造的な問題でもあったんだなと気づきます。

自分を知ることで、社会の仕組みも少しずつ見えてくるものですね。

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