みさきの境界知能ブログのテーマは「自分に合った生き方をしよう」です。
境界知能当事者みさきの経験を通して
日常生活での工夫や心の持ち方など「心地よく生きるためのヒント」を発信しています。
仕事ができない。
覚えられない。
がんばっても空回り…
いつも人の足を引っ張ってしまう。
迷惑をかけたいわけじゃない。
なんでこんなことになるのか…もうどうすればいいかわからない。
とにかく、しんどい。
そんなふうに感じながら毎日を過ごしていませんか?
私もずっと自分に自信が持てなくて、生きづらさを感じながら生きてきました。
私は境界知能です

はじめまして。境界知能のみさきです!
生きるのって、疲れますよね。
30歳を過ぎたあたりから、自分の人生を振り返り始めました。
自分が境界知能だと知ったのは、37歳のときです。
自己対話をして、調べて学んで、精神科にも行きました。
生きづらさの原因を追い求め続けて、やっとたどり着いた答えが「境界知能」です。
生きづらさの原因「境界知能」

境界知能であることが、生きづらさの原因でした。
私が今まで抱いていた疑問の答えです。
「自分は絶対なんかおかしい」とずっと思っていました。

なんでうまくいかないんだろう?
周りの人が「普通にできること」が、自分にはなぜかできない。

なんでこんなに苦しいんだろう?
ことばにできない息苦しさを感じる。

なんでこんなに疲れるんだろう?
気づくといつも疲れてる。
勉強ができない。仕事ができない。
いつもどうすればいいかわからない状態。
生きていくって、ほんとうに大変です。
境界知能とは

境界知能の人は、日本人全体の約14%(約1,700万人)いるといわれています。
境界知能は障害とされていません。
障害者ではないので、境界知能というだけでは支援の対象からは基本的に外れてしまいます。
境界知能の基本

境界知能とは、IQ(知能指数)が70〜84の人のことです。
一般的なIQ(知能指数)の平均は85〜115とされています。
IQ(知能指数)が70を下回ると、知的障害となります。
健常と障害のあいだにいるのが「境界知能」です。
(※知能指数とは、理解力・記憶力・情報処理能力などの認知能力を数値化したものです。)
境界知能の特徴

境界知能の特徴は、認知機能が弱いことです。
なにをするにも時間がかかります。
私自身、学校の授業についていけず、人と話すこともすごく苦手でした。
周りからは怠けているように見られることもあるようですが、決してやる気がないわけではありません。
【境界知能とともに生きる】境界知能当事者みさきの人生振り返り

思い出せる限りの記憶をたどって、自分の人生を振り返ります。
こうして人生の歩みを言語化してみると、頭の中が整理されるのでおすすめです。
そして我ながら思います。

境界知能って大変だなぁ
生まれたとき

1985年(昭和60年)2月生まれ。
口唇口蓋裂で生まれたので、生まれてすぐに手術をしました。
口唇口蓋裂自体は命に関わるものではないのですが、鼻の下から唇と口蓋(口の中の天井部分)が裂けた状態で生まれるので、飲み込むこと・発音・歯並びなどに影響が出てしまいます。
口腔外科とことばの教室へ通って、治療や発音の練習(言語訓練)をしました。
小学生のとき

小学生のときは学校へ行くのが嫌で嫌で、毎日寝坊して遅刻していました。
学校は全然楽しくなかったです。
学校では声が出なくて、場面緘黙だったのかもしれません。
場面緘黙は不安障害の一種で、家では普通にしゃべれるのに、学校だと不安で声が出なくなるんです。
のどのあたりがギューッってなって、声を出したくても出せない。

とっても苦しいです。
体がこわばって動きがぎこちなくなる。
なにをやってもダメダメだから、クラスメイトから「ちゃんとやってよねー!」と責められることもありました。

ちゃんとできなくてごめんなさい…
境界知能の子どもの発達年齢は、同年齢の平均的な子の7〜8割程度と言われています。
小学生の低学年なら、そのなかに幼稚園の子がまざっているような感じです。
当時の私は「ちゃんとやる」がどういうことなのか、よくわかっていませんでした。
中学生のとき

中学校入学式の日、勇気をだしてクラスメイトの女の子に声をかけました。
女の子のセーラー服のファスナーが開いていたから教えてあげたんです。
これがきっかけとなって、私は少しずつしゃべれるようになりました。
学校の先生に、声を出してあいさつもできるようになりました!

グッジョブ私!
中学生になってようやく、少しずつ人とコミュニケーションがとれるようになっていったんです。
クラスメイトから「みさきちゃん明るくなったね」って言ってもらえて、すごくうれしかったのを覚えています。
でもまだまだ未熟だったから、悪口がエスカレートして孤立してしまうこともありました。
行動の限度とか距離感とか、人との関わり方がまだよくつかめていませんでした。
高校生のとき

ふだんは口うるさいことをまったく言わない母が「高校にだけは行きなさい」といつも言っていました。
母は中卒。高校へは行かせてもらえなかったようで、なんだか妙に説得力がありました。
その影響からか、私の中で高校進学は当然のことと捉えていました。
家の近くの高校は、東大を目指す人が行くような学校しかなかったため、私は山の上にある偏差値の低い高校へ進学しました。
家と学校、往復約3時間。毎日自転車をこいで通学しました。

たまにサボっていました
私にも行けるレベルの高校があって本当によかった!
卒業するまでの3年間自転車で無事に通えるほどの体力バカだった当時の自分と、高校まで行かせてくれた両親に、心から感謝です。
勉強はさておき、人間関係もバイトもたくさんがんばりました。
高校生でやっと、人並みのコミュニケーションができるようになったと思います。
高校卒業、社会人へ

高校卒業と同時に車の運転免許を取得。
バイトして自分で稼いだお金で自動車学校へ行きました。

仮免1回落ちた…
認知機能が弱いので、当然「空間認知能力」も低い。
車の運転は今も苦手です。
就職活動は不採用が続いて、めちゃくちゃ落ち込みました。
当時マクドナルドでバイトしていたので「卒業までに就職できなかったらバイトしながらゆっくり就職先探そう」って思っていました。
両親も「焦らずゆっくり探せばいいよ〜」という感じでした。

のんきな親子(笑)
進学とか就職ってとてもデリケートな行事なので、追い詰められると病んじゃいますよね。
私の両親はそろって「元気に生きてりゃオールOK」みたいな感じの価値観なので、家庭内で追い詰められることはありませんでした。
すごく救いだったなって思います。
実際は卒業ぎりぎりで就職先が決まりました。

家の近くの小さなスーパーです。
近所の人しか来ない。
めっちゃゆるくて低賃金。
それが私の社会人スタートでした。
ちなみに、この高校卒業ぎりぎりで入れた就職先のスーパーで今の夫(30歳上)と出会いました。
ひとり暮らし、同棲、結婚

働き始めてから、念願だったひとり暮らしを始めました。
とにかく実家を出たくて、逃げるように引っ越しました。
夫と付き合い始めて私のアパートに夫も住むようになり、同棲スタート。
私は結婚願望が強かったのですぐにでも結婚するつもりでいましたが、なんやかんや6年同棲していました。
当時のアパートは1K、2人で住むには手狭です。
もっと広いアパートに住もうと、引っ越しを期に働いていたスーパーを退職。
引っ越し先は実家から離れた場所。
父に退職を反対されたけど、辞めたかったので辞めました。
苦労して就いた職場を辞めたことに未練も後悔もありません。
子どもがほしかったので、いつ子どもができてもいいようにその後の仕事はパートやアルバイトばかり。
でも残念ながら子どもはできませんでした。
接客の仕事がだんだんつらくなってきて、少しだけ抗不安薬のお世話にもなりました。
29歳のときに結婚。
保護犬のはなこを迎え入れて、夫婦2人と犬1匹の家族となりました。

家購入と派遣切り

夫が中古の家を購入して、地元の近くに引っ越しました。
引越し後は、派遣の仕事を選択。パートをするよりは時給がまあまあよかったので、安定していると思って選びました。
が、2020年。コロナの影響で派遣切り、あっけなく失業しました。
安定していると思っていた派遣の仕事は全然安定していなくて、契約を切られたあと派遣の仕事はまったくありませんでした。
働きたくても仕事がない。
このとき35歳です。
時間ができたので、今までにないくらい真剣に自分の人生を振り返りました。
仕事がないのはコロナの影響だったけど、真剣に自分の人生を振り返って冷静にこう思いました。

自分、なんもないなぁ…
「自分にはなにもない」という現実を突きつけられました。
大した学歴も経験も資格もない。
ただ自分にできることをやり続けてきただけ。
それがどんなに恵まれていることか、今は理解していますが当時は無職のどん底です。

ネガティブ極まれり
実際勉強してこなかった(というよりできなかった)し、なりたいものとか目指したいところとかなかったし。
とはいえ、積み上げたものが少なすぎる。
学歴とか経験とか資格とか、働くうえで武器になるものがなにもない!
めちゃくちゃ自分を責めました。

自分はなんてダメな人間なんだ…!
精神科へ:私は発達障害グレーゾーンだった

2022年、37歳のときに精神科を受診。
知能検査(WAIS-IV)を受けて、発達障害グレーゾーンであることが判明しました。
境界知能のことは当時の担当の先生から教えてもらったわけではありません。
知能検査を受けたあとに、自分で調べて「境界知能」というものがあることを知りました。
【心を楽にするために】自分なりにやってみた 3つのこと

生きづらさを感じている時点で、「自分は周りと何かが違う」とうっすら気づいている状態です。
もうすでに行動のスタート地点に立っています。
やることは3つ
- 学んで
- 知って
- 試してみる
行動あるのみです。
①自分なりにいろいろ学んでみる

私は学ぶときに、本・YouTube・Webサイト・AI を使います。
学習欲と収集心が高いことを強みとして持っているので、気になることはとことん調べまくります。

すぐ疲れるから自分のペースでゆっくり…
- HSP
- 発達障害
- 境界知能
- アドラー心理学
- 歴史
- お金のこと
わからないことだらけなので、手探りで学んでいきました。

「繊細さん」で話題になったHSPは自分に当てはまることが多かったので、まずは「HSP」から学び始めました。
対人関係に悩むことが多くてアドラー心理学の本も読みました。

アドラー心理学はとても参考になります
歴史を学ぶと、現代の日本に生きていることがいかに恵まれているかがわかります。
お金のことを学ぶと、世の中のしくみがわかります。
生きづらさを感じるなかでも、学べば自分にもできることはたくさんあることがわかりました。
②自分のことを知る
自分のことを知るために、自分のことをたくさん調べました。
③学んで知ったことを試してみる
ポイントは事実と感情を切り分けて、自分自身と徹底的に向き合うことです。
- 自覚:気づく
- 自己認識:現状を受け止める
- 自己受容:ありのままの自分を受け入れる
- 自己理解:自分のことを知る
- 行動:試してみる
【仕事ができない…どうすればいい?】まずは知ろう

見た目は普通にみえるから、周りからは理解されない。
境界知能は障害ではないから、これといった支援もない。
生きづらくても、生きていかなきゃいけない。

つらいですよね
境界知能の人は、確実にハンデを背負って生きています。
確かなことは私たちのような人間にとって、世の中の〈普通〉はレベルが高すぎるということ。
私は「自分が境界知能である」という事実を知り、少しずつ自分の気持ちがみえてきました。
静かな怒り
「なぜ、病気(二次障害)にまでならないと支援を受けられないのか」
悔しい気持ち
「なぜ、みんなが普通にできることが自分にはできないのか」
境界知能の私が思う「こんな社会になったらいいな」
境界知能の人も安心して生きられる
「やさしい社会」になってほしい
境界知能だけでは障害とは認められず、二次障害(病気)になって初めて支援の対象になります。
境界知能の人はいじめや排除の対象になりやすい傾向にありますが、どんなに生きづらくても自分で乗り越えなければならないのが現状です。
境界知能を知らない人はまだまだたくさんいます。
境界知能の認知がもっと広がって、境界知能の人が排除されることなく居場所ができたなら…
病人や犯罪者は減り、「やさしい社会」に少しでも近づくんじゃないかなって思っています。
知能が低いことで感じてきた気持ちを言語化したのが「みさきの境界知能ブログ」です。
私の実体験をもとに「心地よく生きるためのヒント」を発信しています。

このブログが「自分に合った生き方」をみつける
ヒントになればうれしいです!