ふと思ったことがあります。
生活保護や医療費って、税金ですよね。
これって、社会が受け入れなかった「結果」なんじゃないかと思ったんです。
社会に「受け入れられない」と感じてきた
境界知能の私は、ずっと「社会に受け入れられない」と感じてきました。
でも言い方を変えると、「社会が受け入れない」。
仕事につけない、続けられない、ストレスで体を壊す。
その理由の一部は、社会の仕組みが合わない人を弾いてしまうからじゃないかと思っています。
「事前に受け入れられなかった分、事後コストが増える」
合わない働き方しかない。教育や支援が足りない。多様な人が活きる仕組みが弱い。
そういう環境の中で、働けなくなったり、体調を崩したり、社会から外れる人が出てきます。
その結果として、生活保護や医療費が増える。
つまり「事前にうまく受け入れられなかった分、事後コストが増える」という構造があると思います。
一個人に自覚も責任もないけれど、無関係でもないと感じました。
でも「誰かが悪い」ではない
これは誰か一人の問題ではなく、構造の問題だと思います。
企業は効率を求める。個人には余裕がない。教育にも限界がある。制度も完全ではない。
そういうものが積み重なって、「合わない人」が出てきます。
社会はどうしても効率・生産性・スピードを基準に回りやすい構造になっています。だから処理能力が高い人が有利で、そうじゃない人がしんどくなりやすい。
良い悪いではなく、構造的にそうなりやすいということです。
税金は「後処理」でもあり「保険」でもある
税金には2つの側面があると思います。
ひとつは後処理。うまくいかなかった人を支える事後コスト。
もうひとつは保険。誰でもそっち側に行く可能性があるから、社会全体で備えておく仕組み。
「社会が受け入れなかった結果」という見方も一部正しいし、「誰でもそうなる可能性があるから備えている」という見方も正しい。
どちらか一方ではなく、両方が重なっているのだと思います。
これは「気づき」でした
怒りでも諦めでもなく、ただ「あ、こういう構造なんだ」と見えた感覚でした。
個人を責めない。社会だけも責めない。構造として見る。
境界知能の私が「社会に受け入れられない」と感じてきたのは、個人の問題だけではなく構造の問題でもある。
それが分かっただけで、少し楽になりました。
じぶんを知ることが、生きやすさへの第一歩です。


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